2022年08月23日
白河の関
深紅の大優勝旗が「白河の関」を一世紀余の時を刻んで初めて越える

江戸を立った芭蕉はここでようやくみちのくを旅する心を固めた▼紀行文『おくのほそ道』に「白川の関にかゝりて旅心定りぬ」と書いた。「白河の関」は、関東と東北の境に設けられたみちのくへの玄関口。5世紀ごろ蝦夷の南下を防ぐとりでとして造られた。勿来関(なこそのせき)、念珠関(ねずがせき)とともに奥羽三関と呼ばれる。遺跡が福島県白河市の旗宿にある▼古くから文化人憧れの和歌の名所。西行や一遍、宗祇らが訪れ、能因法師は「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白川の関」と詠った。都から遠く離れ、さぞかし感慨深かったのだろう。そんな“関所”に阻まれてか。1世紀余の時を刻んで越える優勝旗である▼きのうの全国高校野球選手権大会で、宮城県の仙台育英学園高校が優勝した。東北勢は、1915年の第1回大会で秋田中学(現秋田高校)が決勝で負けてから、春夏あわせて12回も決勝に駒を進めながら、あと一歩のところではね返されてきた。記憶に新しいのは4年前の金足農業高校(秋田)。全員が県内出身の「雑草軍団」で挑んだが及ばなかった。東北待望の「白河の関」越えに拍手を送る▼きょうは二十四節気の「処暑」。秋風を感じる季節に入ったが、みちのく旋風の熱気はやまない。
※日本農業新聞2022.08.23第一面「四季」より引用掲載させていただきました。

江戸を立った芭蕉はここでようやくみちのくを旅する心を固めた▼紀行文『おくのほそ道』に「白川の関にかゝりて旅心定りぬ」と書いた。「白河の関」は、関東と東北の境に設けられたみちのくへの玄関口。5世紀ごろ蝦夷の南下を防ぐとりでとして造られた。勿来関(なこそのせき)、念珠関(ねずがせき)とともに奥羽三関と呼ばれる。遺跡が福島県白河市の旗宿にある▼古くから文化人憧れの和歌の名所。西行や一遍、宗祇らが訪れ、能因法師は「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白川の関」と詠った。都から遠く離れ、さぞかし感慨深かったのだろう。そんな“関所”に阻まれてか。1世紀余の時を刻んで越える優勝旗である▼きのうの全国高校野球選手権大会で、宮城県の仙台育英学園高校が優勝した。東北勢は、1915年の第1回大会で秋田中学(現秋田高校)が決勝で負けてから、春夏あわせて12回も決勝に駒を進めながら、あと一歩のところではね返されてきた。記憶に新しいのは4年前の金足農業高校(秋田)。全員が県内出身の「雑草軍団」で挑んだが及ばなかった。東北待望の「白河の関」越えに拍手を送る▼きょうは二十四節気の「処暑」。秋風を感じる季節に入ったが、みちのく旋風の熱気はやまない。
※日本農業新聞2022.08.23第一面「四季」より引用掲載させていただきました。
2022年08月23日
真夜の鵙(もず)
おはよう!今日の名歌と名句
※日本農業新聞2022.08.23第一面より引用掲載させていただきました。
おかあさんと呼ぶ母不在
真夜の鵙(もず) 前川弘明『蜂の歌』

「虐待死した幼児あり」と前書きがある。他に「幹打てば八月の木のどれも泣く」という句もある。
生きてゆく上で一番大事なことはなにか敏感な作者だ。掲句の「母不在」とはこれほど痛烈な哀しみはない。作者は真夜中の鵙の激しい声を聞き、いたたまれない気持ちになった。それは「おかあさん」と呼び続ける虐待死させられた子の永遠に、本当の母を捜す叫びの反響であった。八月とは母を捜す月なのであろう。戦場でも母を捜す子がいる。(宮坂静生)
※日本農業新聞2022.08.23第一面より引用掲載させていただきました。
おかあさんと呼ぶ母不在
真夜の鵙(もず) 前川弘明『蜂の歌』

「虐待死した幼児あり」と前書きがある。他に「幹打てば八月の木のどれも泣く」という句もある。
生きてゆく上で一番大事なことはなにか敏感な作者だ。掲句の「母不在」とはこれほど痛烈な哀しみはない。作者は真夜中の鵙の激しい声を聞き、いたたまれない気持ちになった。それは「おかあさん」と呼び続ける虐待死させられた子の永遠に、本当の母を捜す叫びの反響であった。八月とは母を捜す月なのであろう。戦場でも母を捜す子がいる。(宮坂静生)