2020年09月26日

島ウオーキングクラブ10月伊崎半島

【島ウォーキングクラブ活動報告】
吹いてくる心地よい秋風に、ずいぶん動きやすくなりました。
島ウオーキングクラブは14名の参加をお迎えし、
近江八幡市白王町にある天台宗の寺院、伊崎寺のハイキングに出かけました。


伊崎寺は比叡山延暦寺の支院のひとつで、比叡山無動寺、葛川明王院と並び天台修験の三大聖地とされています。
比叡山無動寺を中心とする天台修験と関わりが深く、戦後は千日回峰行を満行した阿闍梨が伊崎寺の住職を務めていらっしゃいます。
伊崎寺の年中行事として知られているのが毎年8月に行われる棹飛びです。(今年はコロナ禍で開催されませんでした。)
琵琶湖に面した断崖絶壁の上に建てられた棹飛堂の下に長さ13mの太い竿が湖上に突き出すように取り付けられておりこの竿の先端から7m下の湖面に行者が飛び込みます。



伝承では1000年近く続いてきたといわれており、文献的にも16世紀にはすでに行われていたことが確認されています。
棹飛びの起源は天台修験の修行の一つであった捨身とされますが、延暦寺の修行僧が湖上を行き交う船から浄財を募るために空鉢を飛ばして灯明料などを徴収したことの名残ともいわれています。

  


Posted by ゴンザレスこと大西實 at 15:20Comments(0)学区まちづくり協議会事業

2020年09月26日

まち協事務局観賞用ミニ盆栽設置

観賞用ミニ盆栽(鉢の大きさH10㎝)ミツバアケビ(三葉山女)を事務局に設置しました



※本当は、島学区のシンボルでもある、むべの盆栽を探したのですが、ありませんでした。むべの親戚になるあけび(アケビ・山女)をネットオークションで見つけまして、観賞用装飾品として購入させていただきました。気になるお値段は、送料込みの1,950円でした。  


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2020年09月24日

ふるさと島歴史探訪シリーズその9(白山神社)北津田町

白山神社(北津田町)
島町の西側を取り囲む山並みに向かって、大嶋奥津嶋神社の裏手から細く険しい山道を登っていくと、「白山権現」と呼ばれる、2つの巨石が「人」の字形に折り重なってできた、霊験新たかな洞穴状の空間があります。その風貌は、近江八幡市のお隣・安土町の繖(きぬがさ)山の山上にある西国霊場「観音正寺」の「奥の院」とも酷似しています。

「権現山」の池鯉鮒権現と同様、ここにも一間社が祀られ、隣の島町とともに氏子によって今も守られ、毎年3月には祭が奉納されています。平成27年には、昭和8年に設置されたご神体を祀る祠が、永年の風雨に耐えられず腐食したため、祠改築事業が執り行われました。



古い祠から出てきた木札には、次のように記載されていました。
記念の「奉造立の木札」に書かれている言葉(文字)について
(木札の表) 維持 昭和八発酉年三月十八日 願主 奥島 関目清兵衛 建立
・癸酉 (みずのととり) 昭和八年の干支を意味する
奉造立 白山神社本殿 氏子安全祈攸(願)社司 深井 武平 敬白


「木札の表面」 昭和8年3月18日に奥島住人の関目清兵衛氏が冨士神及び白山神の社を共殿奉献立された。
奥島山の岩場に社を祀り、氏子の安全祈願を願って、現在も白山神社が存在しています。

・左側/「大山津見命]富士山と関係がある山の神様 「しらやまひめのみこと」  
 ・右側/「白山比売命」白山神社の神様 「おおやまづみのみこと」 
             
白山権現、津田山の盤座、権現山の池鯉鮒権現、西国霊場「長命寺」にある「修多羅岩」や「飛来石」など、ここ姨綺耶(いきや)山系には、巨岩にまつわる伝説や信仰が、今なお数多く残されています。

  


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2020年09月22日

ふるさと島歴史探訪シリーズその9(渡合橋)わたらいばし

ふるさと島歴史探訪シリーズその9(渡合橋)わたらいばし
「渡合の大蛇」
長命寺川を挟んで八幡旧市街側と奥嶋側を連絡する「渡合(わたらい・わたりあい)橋」は、大中の湖の大規模干拓事業に伴い、水位調節のための水門を備えた現在の形(上の写真)になりましたが、かつてはもう少し西側(おそらく百々神社と若宮神社を直線で結ぶルート)に架かっていました(下の地図)。



当時、長命寺川は今の半分ぐらいの川幅で、両岸にはヨシが茂り、四季折々の魚がたくさんいたそうです。
昔の渡合橋の下には、恐ろしい大蛇が住んでいた、という伝説があります(下記)。この言い伝えからも、内湖に囲まれて地形的に文字通り「島」だった奥嶋地域にとって、渡合橋が非常にシンボリックな玄関口であったことが伺えます。
実際、この橋を渡ると「帰ってきた~」という気持ちになるのが、島町民の共通の感覚のようです。



渡合」の大蛇伝説と「百々神社」
 宇多天皇の御代、渡合の下に一匹の大蛇がすんでいて、ゆききの人を悩まし、村人も大変困っていました。この橋の近くに住んでいたひとりぼっちの老人のあばら家に立ち寄った敦実親王は、この老人の願いを聞きいれ、渡合の大蛇退治に挑み、見事成功します。
 のちに村人たちは大蛇の魂を橋のそばに祀り、百々神社(道祖さん)と名づけました。以来、百々神社は、蛇除け、風邪や喘息の全快などのご利益があるとされ、今でも大切に祀られていますが、他方、百々神社の前を死人が通ると祟りがおきる、とも言われています。
【参考】近江八幡市市史編纂室『水辺の記憶-近江八幡市・島学区の民俗誌-』(2003)

  


Posted by ゴンザレスこと大西實 at 09:21Comments(0)学区まちづくり協議会事業

2020年09月20日

ふるさと島歴史探訪シリーズその8「朝日の名号」

朝日の名号(中之庄町) 

              
今から千百年ほど前のことです。島村に、とても気立てのよい信心深い信左衛門、おのぶという老夫婦が住んでおりました。
夫婦仲のよいことは村でも好評でした。しかし運命は皮肉で、この親切なお婆さんは、穂の葉先で目をついたのがもとで、とうとう視力を無くしてしまいました。
それからの、お婆さんの不自由というものは、一通りではありませんでした。なんとかして元通りにしたいものだと、医者という医者には、ほとんど診てもらいましたが、どうしても、元のようにはなりませんでした。
主人の信左衛門も、お寺や、お宮へも参って色々と祈願されましたが、中々御利益はありませんでした。それに不幸はそれだけではありません。あれやこれやとお婆さんの世話をして下さったおじいさんは、その年の秋の暮れに、遠いあの世へ旅立ってしまいました。たった一人、後に残ったお婆さんは、もう、この世には、神様も仏様もないものと、祖先幾代か、住んでいた懐かしの家を捨てて、長命寺で行をしようと出かけました。 しかし、無理に無理をした身体は、とうとう中之庄の坂を登りつめると一歩も動かなくなりました。お婆さんも、しかたなく、傍にあった石に、腰をおろしたまま眠るともなく、ぐったりと倒れてしまいました。
しばらくすると、その上の小高い大きな岩の上に、亡くなったはずのお爺さんが、白衣を着て姿を現しました。お婆さんは、思わず、はっとしました。そして我に帰られた時、はじめて眼を覚ましました。今のは夢だったのです。
けれど、お婆さんは、これはきっと何かの知らせにちがいないと思いました。それから七日間、あんな寂しい、しかも寒い冬の日に、じっと石の上で、何も食べず、何も飲まずに、行をして、寒いことも忘れて祈り続けました。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱える弱々しい声は夜になっても止みませんでした。
通りかかった村の人たちが、これを見つけて驚きました。心配して止めさせようとしましたが、お婆さんは、ただ数珠を持って、頭を下げるだけで、一向に聞き入れそうにありません。村の人は「これは行をしておられるのだな。偉い、さすがおのぶさんだ。」と思いました。親切なこの村の人は、家に帰って、御飯を持ってきてやりました。けれども、お婆さんは手をつけようともしませんでした。
頬の肉はすっかりおちて、ちょっと見ると生きているのか、死んでいるのか分からない程になりました。昨日の人が告げたのか、大勢の村人がやってきました。そして、皆もう止して家に帰るようにと、進めますけれども、お婆さんは、前の通り頭を下げるだけです。
他人から見たら、もう死んでいるとしか思われませんが、婆さんは、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と言う度毎に精神がしっかりしてくるのでした。とうとう最後の日の七日目が来ました。
お婆さんは「今日で最後だ。」と思いながら、なお一心に祈っています。暗い夜もほのぼのと明けてまいりました。
陽ははるか、彼方の山の端から平和な村へ光を投げかけました。その瞬間です!!
今の今まで、塞がっていた、潰れたはずの眼がぱっと開きました。今まで見えなかった眼に、さっと明るい朝の光がはっきり写りました。
それにまだまだ不思議なことには、大きな岩の上に、弘法大師様のお姿が見え「南無阿弥陀仏」と岩に掘られた六字が、はっきりと陽に照らされてわかるのです。お婆さんはただもう、有難くて泣き崩れました。
やがて、村の人たちが、どうなっているだろうと、気遣いながら、来て見ると、昨日まで塞がっていた、お婆さんの目が開いて、其の瞳さえ光っているではありませんか。
お婆さんは、今まで親切にしていただいた御礼を言って、さっきの事を話しました。
村人共も、皆この不思議に驚きました。そしてお婆さんの信心がそうさせたものだと思って感心するばかりでした。
そのうち、不思議なことが起こりました。さっきまで朝日に照らされて、はっきりと分かっていた六字の名号が見る見るうちに見えなくなったのです。けれどそれも二・三日の後にわかりました。
それは、お婆さんが見たと同じ時だけ名号が現れるのです。それから後、誰言うとなく「朝日の名号」と呼ぶようになりました。
皆さんの中に、まだ見たことのない人があるなら、一度行って見なさい。きっと、南無阿弥陀仏の六字の名号がはっきり見られるでしょう。しかし朝早く陽の上がる時刻でなければみられません。参考図書:島村郷土読本 第二十四課 朝日の名号 より

  


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2020年09月19日

人権尊重のまちづくり推進協議会役員研修会の開催

人推協役員研修会を開催しました!
今年は、コロナの関係で、住みよいまちづくり推進講座を、役員のみの研修会に替えて三回実施しました。9月11日「男女共同参画について」、9月18日「コロナ感染症に対する偏見と差別」、9月25日「高齢者の人権について」(予定)、DVDを鑑賞しながら学ぶことが出来ました。参加者からは「角度を変えて物事を見る事の重要性、特に、男女それぞれの立場からの視点がいかに大切かが理解できた」「コロナウイルス感染症に対する正確な情報と知識を得ることが大切」などの感想を述べられていました。



  


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2020年09月11日

ラジオ体操をしよう!

「ラジオ体操で健康保持を!」
だれでも・どこでも・いつでも
新型コロナウイルスの影響で、外出を自粛し、家で過ごす時間が長くなっていらっしゃる方が多いのではないでしょうか。島学区でも、各種事業が中止となっています。今一番重要なのは健康管理です。


まち協では、当初予定されていた10月4日の島学区運動会(中止)の日をスタートとして、ラジオ体操の実施を推奨します。子どもから大人まで世代を超えて愛され続けるラジオ体操は、たった3分で全身運動ができる優れた体操です。 


ラジオ体操は、有酸素運動、筋トレ、ストレッチ、バランス運動の4つの効果を同時に得られる効率性もあります。みんなでラジオ体操をすることで、共に健康な体を手に入れましょう。
実施は、三密を避けるなど、それぞれで工夫していただき、最初は無理をせず、週1日だけでも、ご自宅で始めてみましょう。慣れてきたら、徐々に回数を増やし、毎朝公園に散歩されるご近所のかた、一人暮らしのご高齢のかたなどを誘ってみてはいかがでしょう。

きっと、毎日が楽しくなることまちがいなし!


ラジオ体操の放送時間 
1)ラジオ第1(945㎑)毎日午前6時30分~
2)ラジオ第2(828㎑)毎週月曜~土曜 正午
再放送 毎週月曜~土曜 午前8時40分~&午後3時~
  


Posted by ゴンザレスこと大西實 at 14:52Comments(0)学区まちづくり協議会事業

2020年09月08日

ふるさと島歴史探訪シリーズその7

ふるさと歴史探訪シリーズ№7
「権現山」(ごんげんさん)


元富士(島町) 権現山(ごんげんさん)
渡合橋を渡って島町の方を見渡すと、広い田んぼの向こうに連なる姨綺耶(いきや)山系のなかでも、真北にそびえる、三角錐のシルエットが美しい奥津山(おくしまやま)(322m)がまず目に飛び込んできます。

この山、地元では「権現(ごんげん)山」の名で親しまれていて、山頂付近の巨岩のそばには、愛知県知立市の知立(ちりゅう)神社から勧請されたとみられる「池鯉鮒(ちりふ)権現」が祀られた一間社があります。
このあたりはマムシをはじめとするヘビが多いことから、マムシ除けの神様として池鯉鮒権現が祀られているようです。毎年4月には、山頂付近の祠まで氏子らが登って祝詞をあげる祭も続けられています。以前は山上まで神輿を担いであがっていたそうです。
この祠に近いところには山肌から突き出た大岩があり、この上に立つと、島町はもとより蒲生野全域から長命寺川河口付近の琵琶湖までをも眼下に一望することができ、見晴らしは最高です。

大嶋奥津嶋神社祭礼本祭り渡行

島学区運動会中学生競技の一コマ
実は、地元でもあまり知られていないのですが、この山には「元富士」という別名もあります。
「ご当地富士」としては、滋賀県では「近江富士」(三上山)があまりにも有名ですが、この「元富士」も、れっきとした由緒ある「富士山」のようです。
『近江與地志略』によると
[元富士]奥島の北にあり、施行山の向かいなり。高さ村より大概一町半許、総じて木石なし。頂上より二三間下り、大石磐石五六畳々として其上に古松二本あり。土俗此石ある処を権現谷といふ。富士権現影向の地とす。或いは云ふ、此山先涌出して然して後駿河国富士山いづ故に之を元富士といひ浅間山ともいひ云々と。



…つまり、本家である日本一の富士山よりもこちらの方が元祖っていうことでしょうか?
※参考文引用「島町HP箱庭の里」

  


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2020年09月04日

ふるさと島探訪シリーズその6

ふるさと島探訪「市神神社濱宮」(長命寺シャーレ水が浜前の山麓)(正式には沖島町地先?)
市神神社(いちがみじんじゃ)濱宮(はまみや)を、ご存じですか?知る人ぞ知る、表舞台に出ない、少し隠れたパワースポットでもあります。
「富士と琵琶湖を結ぶ会」はご承知ですね。近江八幡市と夫婦都市の静岡県富士宮市とで提携している友好都市ですが、その縁結びの鍵となったのが、「富士と琵琶湖を結ぶ会」の功績です。昭和42年ですから、かれこれ55年近くにもなるわけです。この結ぶ会のお水取り行事の神事がこの市神神社濱宮を元に執り行われています。

東近江市近江鉄道八日市駅前にも、市神神社がありますが、その関係については明らかにはされておりません。



長命寺から休暇村近江八幡へ行く途中、水が浜の喫茶店の前。県道の脇から登ります。立派な石積み二囲まれた、石段を登ると真っ直ぐ参道が有り、小高い木々に囲まれた木漏れ日の隧道風の参詣道です。



途中、一の鳥居を潜ると左手に立派な石で彫刻された観音立像が眼につきます(後述で、その理由を述べます)また、石段脇には、富士と琵琶湖を結ぶ会の石碑と、設立の経過が木版に掲載されています。



参道を突き進むと、市神神社濱宮の本殿があります。比較的新しい祠が、社内左右に安置されており、本殿左右にも祠が対になって鎮座しております、また本殿の左右奥裏には向かって左側に2社、右側に一社、祠が鎮座されており、奥宮と思われます。


市神神社濱宮(長命寺町水が浜)にお境内にに観音様が祀ってあります。
なぜ観音像なのか考えてみました。
天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)は天地宇宙の神として、北極星や北斗七星の信仰と結びつき、妙見信仰につながります。また毘沙門天の姿に重なることにもなり、市神神社の恵比寿と七福神つながりになるものの、近江七福神の毘沙門天は長命寺になるため、近くの長命寺と、かぶり過ぎる事への配慮かもしれません。
  


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2020年09月03日

ふるさと島探訪(長命寺日吉神社)

ふるさと島探訪シリーズ「日吉神社」(長命寺町)
西国三十三観音第三十番姨綺耶山(いきやさん)長命寺880段の石段の登り口に日吉神社が鎮座している神社。(バス停から登山道に向かう手前にある神社)おそらくは琵琶湖の東岸南部大津市にある日吉大社からの勧請であろうが、創建年代等は不詳である。
祭神:日吉神社 大山咋命 長命寺護法権現社武内宿彌




※以下参詣者の感想を抜粋して掲載しました。
普段は無人のようですが、長命寺参拝の前に立ち寄るのが普通です。
自家用車で長命寺の駐車場まで上がってしまうと気付かないかもしれません。長命寺に向かう登り口の入口に鎮座している神社です。長命寺が有名なので忘れられた存在のような気がします。たぶん歴史は有るのでしょうが・・・。シンプルなりにも重厚感があり良かったです。きれいに清掃されていて管理が行き届いていた感じは好感が持てました。無人のように思ったのですが宮司さんが綺麗にされているのでしょう。



全国各地に散在する日吉大社を勧請して建立された「日吉神社」のひとつかと思いますが、定かではありません。社殿は小さく、ぐるっとひと回りしても時間は要しません。4月の祭礼には大きな松明が奉納されます。
市北西端の琵琶湖沿岸に位置し、長命寺の門前町でもある。かつては土産物屋などの商店や宿が軒を連ねていたが、現在は激減している。もともと春の祭礼に松明行事はなく、始まったのはここ100年の間のことと伝わる。


長命寺は天台宗で、承和三年(836年)に再興されたとある。景行天皇二十年大臣の武内宿彌がこの長命山に登り、柳の大木に「命長遠諸願成就」と刻んだと云う。 その後聖徳太子がこの山に登り、伽藍を建立したとされる。推古天皇二十七年(619年)の事となる。
 巨魁の磐座がある。それを祀るように護法権現社が鎮座している。元々は神祭りの場であったのだろう。 そこに長命寺が建立され、山の神を護法権現社としたのであろう。その里宮として日吉神社が勧請されたのであろう。


  


Posted by ゴンザレスこと大西實 at 10:49Comments(0)学区まちづくり協議会事業