2020年09月24日

ふるさと島歴史探訪シリーズその9(白山神社)北津田町

白山神社(北津田町)
島町の西側を取り囲む山並みに向かって、大嶋奥津嶋神社の裏手から細く険しい山道を登っていくと、「白山権現」と呼ばれる、2つの巨石が「人」の字形に折り重なってできた、霊験新たかな洞穴状の空間があります。その風貌は、近江八幡市のお隣・安土町の繖(きぬがさ)山の山上にある西国霊場「観音正寺」の「奥の院」とも酷似しています。

「権現山」の池鯉鮒権現と同様、ここにも一間社が祀られ、隣の島町とともに氏子によって今も守られ、毎年3月には祭が奉納されています。平成27年には、昭和8年に設置されたご神体を祀る祠が、永年の風雨に耐えられず腐食したため、祠改築事業が執り行われました。



古い祠から出てきた木札には、次のように記載されていました。
記念の「奉造立の木札」に書かれている言葉(文字)について
(木札の表) 維持 昭和八発酉年三月十八日 願主 奥島 関目清兵衛 建立
・癸酉 (みずのととり) 昭和八年の干支を意味する
奉造立 白山神社本殿 氏子安全祈攸(願)社司 深井 武平 敬白


「木札の表面」 昭和8年3月18日に奥島住人の関目清兵衛氏が冨士神及び白山神の社を共殿奉献立された。
奥島山の岩場に社を祀り、氏子の安全祈願を願って、現在も白山神社が存在しています。

・左側/「大山津見命]富士山と関係がある山の神様 「しらやまひめのみこと」  
 ・右側/「白山比売命」白山神社の神様 「おおやまづみのみこと」 
             
白山権現、津田山の盤座、権現山の池鯉鮒権現、西国霊場「長命寺」にある「修多羅岩」や「飛来石」など、ここ姨綺耶(いきや)山系には、巨岩にまつわる伝説や信仰が、今なお数多く残されています。

  


Posted by ゴンザレスこと大西實 at 09:08Comments(0)学区まちづくり協議会事業