2021年07月08日
ふるさと島 探訪シリーズ「阿弥陀寺」北津田町
阿弥陀寺(北津田町)本尊聖観音 開祖貞観7年(865年)
寺宝【市指定文化財】木造聖観音坐像(南北朝)
奥島奥津嶋神社の裏手の山中にある。貞観7年、奈良の興福寺の僧・賢和の奉請により、奥津嶋神社の神宮寺として開基された。
阿弥陀寺の坊院(注1)が300余りあったといわれ、長命寺、伊崎寺と共に天台仏教の拠点として栄えたようである。
※注1「院」とは、もとは寺の敷地内の一部の別の建物のことです。「坊」は、大きなお寺に帰属する小さな寺院をいいます。
阿弥陀寺は市の資料では廃寺となっているが、江戸時代末期に建てられた現在の阿弥陀寺を再興と考える。本尊の聖観音は兵火の折、村人が池の中に隠し、難を逃れたと言い伝えがある。現在も、その池は存在する。戦後期時代の連歌師谷宗牧の【東国紀行】に『近き海づらかけたる津田の細江に、登蓮法師がすみけむ阿弥陀寺の西日うつり行、水茎岡の湊・・・』とあり、当時は文人にも知れる名だる寺であったと思われる。
「ふるさとの信仰と修行の歴史を尋ねて」・近江八幡市郷土史会編集【近江八幡の仏教寺院】より引用

阿弥陀寺山門

阿弥陀寺本堂内部

阿弥陀寺ご本尊と市指定文化財の木札

阿弥陀寺 寺宝 「聖観音坐像」(木造・南北朝時代作)

阿弥陀寺 歴代僧侶菩提の墓所

阿弥陀寺内に現存する池 ※村人が兵火から逃れるために、仏像を隠したと言われる池
※上記写真は、全て北津田町在住辻太喜男さん(まち協副会長スポ協担当)が撮影されて、提供されたものです。
寺宝【市指定文化財】木造聖観音坐像(南北朝)
奥島奥津嶋神社の裏手の山中にある。貞観7年、奈良の興福寺の僧・賢和の奉請により、奥津嶋神社の神宮寺として開基された。
阿弥陀寺の坊院(注1)が300余りあったといわれ、長命寺、伊崎寺と共に天台仏教の拠点として栄えたようである。
※注1「院」とは、もとは寺の敷地内の一部の別の建物のことです。「坊」は、大きなお寺に帰属する小さな寺院をいいます。
阿弥陀寺は市の資料では廃寺となっているが、江戸時代末期に建てられた現在の阿弥陀寺を再興と考える。本尊の聖観音は兵火の折、村人が池の中に隠し、難を逃れたと言い伝えがある。現在も、その池は存在する。戦後期時代の連歌師谷宗牧の【東国紀行】に『近き海づらかけたる津田の細江に、登蓮法師がすみけむ阿弥陀寺の西日うつり行、水茎岡の湊・・・』とあり、当時は文人にも知れる名だる寺であったと思われる。
「ふるさとの信仰と修行の歴史を尋ねて」・近江八幡市郷土史会編集【近江八幡の仏教寺院】より引用

阿弥陀寺山門

阿弥陀寺本堂内部

阿弥陀寺ご本尊と市指定文化財の木札

阿弥陀寺 寺宝 「聖観音坐像」(木造・南北朝時代作)

阿弥陀寺 歴代僧侶菩提の墓所

阿弥陀寺内に現存する池 ※村人が兵火から逃れるために、仏像を隠したと言われる池
※上記写真は、全て北津田町在住辻太喜男さん(まち協副会長スポ協担当)が撮影されて、提供されたものです。