2021年08月17日

オリンピック物語「友情のメダル」

「友情のメダル」物語を、知っていますか?

東京五輪の男子20キロ競歩の表彰式、銀と銅のメダルを胸にした日本人の姿に「友情のメダル」の話を思い出した▼1936年、ベルリン大会の棒高跳びで西田修平と4歳年下の大江季雄が4㍍25㌢を記録し、2位決定戦に臨むことになった。5時間を越える激闘で疲れ切った2人は棄権、だが公式結果は2位西田、3位大江に。帰国後、西田の発案でメダルを二つに割り、銀と銅をつなぎ合わせた▼
オリンピック物語「友情のメダル」
当時のルールではともに2位のはずだったが、何回目の試技で4㍍25㌢を跳べたかで、順位を付けたとみられる。西田はこれを不服とし、ルールを守るスポーツマン精神を貫いたのである。4年後の東京大会での金を託したのかもしれない。表彰式では、2位の台に大江が立つように仕向けた▼しかし、望みはかなわなかった。日中戦争中の日本が五輪を返上。41年12月24日、大江は戦死した。享年27。「止め金の外れた背嚢から血染めのスパイクシューズがのぞいたいた」(『リンデンの梢にゆれて~大江季雄の青春』)。翌秋、若い女性がお参りに実家を訪ねたという▼先の大戦で多くの若者が希望と共に散った。学業、仕事、愛する人との暮らし・・・。終戦から76年。無念の死が繰り返さないよう記憶のバトンをつなぎたい。

※写真のメダルは、半分は銀、半分は銅。ベルリン五輪(36年)の陸上棒高跳びで激闘を演じ、同一記録で表彰台に立った2人の日本人が、お互いのメダルを割ってつなぎ合わせたものだ。
 「次の五輪では金を取ろう」。そう誓い合った2人の夢は、戦禍によって絶たれることになる。
写真:ベルリン五輪で表彰台に立つ西田修平(左から2人目)と大江季雄(右)=月刊陸上競技提供、ベルリン五輪当時、22歳だった大江 季雄すえお (京都府舞鶴市出身)と、26歳だった西田修平(和歌山県那智勝浦町出身)。 西田の長女、天野喜代子(83)(東京都新宿区)は「父にとって大江さんは最高のライバルであり、弟のような存在だった」と言う。
 大学時代から、早稲田の西田と慶応の大江は対戦を重ね、 切磋琢磨 して記録を伸ばしてきた。
※日本農業新聞2021.08.16第一面「四季」より、一部引用させて頂きました。


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Posted by ゴンザレスこと大西實 at 15:40│Comments(0)出来事

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